尺八の歴史
尺八はいつからあるのか?
まず尺八の起源ですが、有力な説としては唐(今の中国)の呂才が考案したというものがあります。日本には7世紀末位に伝来してきました。
「尺八」名前の由来は標準の長さが一尺八寸である事にに由来していると言われています。
日本に伝わった時は雅楽楽器として伝わりましたが、平安時代頃には使われなくなってしまいました。
その後、鎌倉時に「一節切」(ひとよぎり)という楽器があらわれ、名手といわれた大森宗勲の登場によって広まりました。

そして一節切を演奏する薦僧(こもそう)と呼ばれる集団が現れました。
虚無僧の登場
江戸時代には薦僧は、時代劇等でおなじみの虚無僧(こむそう)と名乗り、普化宗(ふけしゅう)を作りました。この頃は尺八は法器として、普化宗所属の虚無僧しか吹いてはいけない事になっていましたが、一般人でも吹いていた人はいたようです。
この虚無僧が吹いていた尺八が現在の尺八となり、現在の尺八は「普化尺八」であります。
琴古流と都山流
その後、18世紀頃「黒沢琴古(くろさわきんこ)」が虚無僧が吹いていた曲(いわゆる「本曲」)30数曲をまとめ、「琴古流」という流派が出来ました。「吹合所」が出来、箏や三味線と合奏もしていたようです。
明治時代になると、普化宗は新政府により廃止されました。これにより一般に普及していきました。
1896年、「中尾都山(なかおとざん)」が「都山流」を興しました。
中尾都山は独自の記譜法を使い、箏の宮城道雄らと積極的に交流し、合奏を広めました。
都山流も全国に広まり、現在では大きな組織となっています。
その後、洋楽を学んだ作曲者が和楽器を使って作曲したりと多様なスタイルで演奏されるようになり、現在に至ります。







